2005年09月25日

☆北海道大学総合博物館を訪れて

 ある雑誌を読んでいたら、札幌農学校のことが出ていて、それで思い出したのだが、2005/06/26に北海道大学総合博物館(旧理学部本館)に行ったことを思い出しました。

 北海道大学総合博物館へ入って、私の中でまず驚いたのは、札幌農学校時代、英語で授業が行われていたということだ。その当時の英語で書かれたノートも展示してある。そして、卒業生の中には、アメリカの大学に留学している人が多いということだった。考えてみれば、当たり前といえば当たり前なのだが、私の中では非常な驚きだった。というのは、翻って思い出すと、私の北大の学生時代はもう30年以上前になるが、英語の授業が特別多かったということもないし、英語が得意な学生が多く集まる大学でもなかった。そもそも、こんな総合博物館もなかったので札幌農学校時代がどんなものだったかも、私たち学生には知るすべもなかった。ただあったのは、中央ローンの真ん中にクラーク像が1つあっただけだ。だから、自分がどういう大学で学んでいたのかも知らなかったのである。当時はしょっちゅう、機動隊が構内に導入されるような状態だったので、心を落ち着かせて自分が学んでいる大学を考えるということもなかったように思う。30数年を隔てて、北大-札幌農学校-は、「英語・アメリカの大学」と深く関わりがあるということを「発見」したし、それが「驚き」だった。
北海道大学総合博物館-公式サイト-
北海道大学総合博物館

北海道大学総合博物館P1000894s.JPG
 東条英機が農学部本館前でアジテーションしているところ。こうやって、当時の軍国主義の最高責任者は、若い学生を戦争に駆り出し多くの犠牲者を出している。東条自身は、GHQ(連合軍最高司令部)が進駐してきた時にピストル自殺を図るのだが、やり方を間違えて死に損ない、当時の世間から物笑いのタネになったというエピソードを残している。アジテーションの時は勇ましいことを言っておきながら、自身は安全なところで出世して、敵を前にして無様な姿をさらしたわけだ。

北海道大学総合博物館P1000896s.JPG北海道大学総合博物館P1000895s.JPG
 △1936年(昭和11年)陸軍大演習の「大本営」および「行在所」新築直後の農学部本館-と書かれてある。「行在所」というのは、天皇行幸の際の仮のすまいのことなので、この時昭和天皇も来ていたことがわかる。右の写真の説明は、一見客観的なようにも思われるが、写真をよく見るとヘルメットをかぶっていない学生も多くみられることから、この「説明」はかなり政治的なものだと言うことがわかります。

北海道大学総合博物館前03515_030s.jpg北海道大学総合博物館横の池P1000893s.JPG
 △平和な時代? の写真。左は、北海道大学総合博物館前に咲いている「クロフネツツジ」。この写真だけ2003/05/15に撮っています。残り全部は、2005/06/26に撮ってます。この花は非常にきれいで上品なものです。1668年、朝鮮半島から「黒船」によって輸入されたという植物からこの名前が付いたそうです。右の写真は、北海道大学総合博物館横の池で、マガモの雄が写っています。

posted by fishmountain : 2005年09月25日 01:29 | コメント (0) | トラックバック (0) | 北海道関連 (18)

☆北大楡影寮記念碑 (2007年07月07日 18時57分)

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